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2011年11月22日火曜日

おがつ復興市 初日





































11月19日20日、雄勝復興市が開かれました。中学生による雄勝太鼓、小学生によるソーラン節のあと、神楽が行われました。狂言のような感じで、コミカルな演技でした。ステージでは歌手やダンサーによる舞台がくりひろげられました。屋台では鮭汁といくら丼、かき汁などがいただけました。 朝からずっとステージをみているおばあさんたちに話しかけてみました。4人姉妹のうち、3人がこられました。姉妹のうちの一人の娘さんの運転でこられたようです。姉妹のうちの1人が雄勝出身で、寒い中雨の中、10時から15時半くらいまでおられました。その姉妹の隣にいた仮設住宅に住むおばあさんは、不眠を訴えていました。本日も友人で4人家族の全員がなくなったお家のお通夜があるといっておられました。毎日、まだまだお葬式が続きます。雄勝までの通勤の間に、これまでもお葬式の看板をみない日はほとんどありません。




そんなおばあさん方の表情が輝いた先にあったものは・・・神輿でした!藤原さんという筑波大の大学院生が神輿をつくっています。(下記参照) 5月より雄勝の神社より南三陸で活動していた藤原さんに依頼があり、横浜市で神輿作りをしていたおじいさんとともに作ってきた神輿を、おじいさんが亡くなったあとも遺志を継いで完成させたというものでした。東京大学、筑波大学などから、たくさんの神輿の担ぎ手がこられました。私も神輿を担がせてもらいました。すごい熱気でした!




以下、開催概要とブログの紹介です。


「おがつ店こ屋街開店記念イベント・おがつ復興市」開催概要について


【背景及び目的】雄勝地区は平成23年2月末で人口4300人でしたが、東日本大震災により7月5日現在、死亡者123名、行方不明者113名という被害がありました。
又、津波により自宅を流出された等の理由により地区外へ転出されている住民が多く、現在雄勝地区で生活する住民は1200名以下という状況にあります。
壊滅的な被害を受けた雄勝地区は、公共施設、学校、病院、商店、地域コミュニティ、家族の団欒・・・日常を形成していた全てと言っても過言ではないものを失いました。
地域経済の再生、地元住民が元の生活に戻り安心して暮らせる街づくりと地域産業の復興を図ることを目的として平成23年5月におがつ復興市実行委員会が地元の商、工、漁業者の有志により組織され、平成23年5月、7月、8月と過去3回「おがつ復興市」を開催致しました。
今回開催予定のイベントは、8月より着工が進められてきた仮設店舗、事務所のオープニングイベントと連動しておがつ復興市を開催し、雄勝にも商店が戻り復興へ確かな歩みを進めている事を雄勝地区住民はもとより、広く全国にPRし、雄勝の復活に繋げるものです。
【開催概要】■催事名称「おがつ店こ屋街オープニングイベント・おがつ復興市」■開催日時平成23年11月19日(土)午前10時~午後4時平成24年11月20日(日)午前10時~午後4時■開催場所旧石巻市役所雄勝総合支所前■主 催おがつ復興市実行委員会、おがつ店こ屋共栄会■出店者数25店舗(予定)
参考第1回、第2回のおがつ復興市の様子がご覧いただけます。http://japan.311tohoku.com/kahoku/home
お神輿が上がります。この神輿は、3月11日の東日本大震災により被災し全壊した雄勝町新山神社の材料を使い地元雄勝震災復興まちづくり協議会から依頼され製作を開始したものです。放っておけばがれきとして処理されてしまう材木(ケヤキ材)を神輿という形で津波の記憶と祭りの復興を目的に作りなおすものです。
製作者 藤原宣也(筑波大学大学院2年 24歳)は神輿製作技術を持つ祖父と協力し7月から神輿の製作を開始しました。しかし10/19、祖父が他界してしまったため祖父の遺志を継ぎ一人神輿製作を続行する決心をしました。
今回の神輿は仮設商店街のオープンイベントで上がるということで万灯神輿の形をとり、商店街の店舗の名前が刻まれたちょうちん、そして協賛していただいた企業の名前が掲げられます。
町は若者も少なく、担ぎ手も少なくなっています。今回は東京からのボランティア、関係者を中心に担ぎ手が構成されています。さらに神輿製作時に出た端材を利用した木札、キーホルダー、ストラップ(一律1000円)を販売しています。売上は神輿製作費、祭り運営費に当てさせて頂きます。
(中略)本文の続きは藤原宣也さんの下記ブログをご覧ください。 http://wearedevelopers2010.blog110.fc2.com/blog-entry-200.html

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