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2011年12月17日土曜日

茅野市によるもちつき!

はじめまして。
12月から石巻にきているKです。
来てそうそう重いかぜをひきまして、体調が万全でなくブログ更新が滞っています。

本日は茅野市、茅野市社会福祉協議会、赤十字奉仕団の方が石巻市入釜谷地区にもちつき、そばうちに来ていただきました。
住民の方にもきっと喜んでもらえたと思います。

また後日レポートします。

2011年12月11日日曜日

遠い・・門前薬局



<雄勝診療所の薬局>
以前雄勝町内に1件あった薬局は津波で被災しており、現在は最寄の院外薬局が車で30-40分の飯野川橋の近くにあるという状況。



そのため、院内薬局を開設し院内での処方を可能としている。



院内に薬剤師はおらず、看護師が調合したものを医師が確認し処方している。



12月現在、麻薬のための金庫の設置ができておらず、癌性疼痛などにもちいる医薬用麻薬の院内処方はできない。



(写真は最寄りの薬局、おいで薬局の薬剤師の先生と)

入れ歯が合わない・・

<雄勝の歯科をめぐる状況>
雄心苑の救護所時代は、救護所が閉所する9月末まで東北大学からの歯科の応援があった。救護所が閉所して以降は1度、松本歯科大からの訪問が11/22-23あったが、今後は定期的な歯科医訪問のめどがたっていない。入れ歯を津波で流され、入れ歯が合わない、または入れ歯がないまま生活している老人もいる。松本から1月に歯科医が再びくるという話もあるが、来られたとしても近隣に関連の歯科技工士や技工所が近くにあるわけではないので、入れ歯を作成することはできない。

歯科訪問診療は16km以内の地区とされており、河北地区に歯科診療所があるが、16kmを超えてしまい、訪問事業が難しい。4月から歯科診療所をオープンする予定となっているが、いろいろと課題があり、本当に開設できるかは未定である(2011年12月6日現在)。

2011年12月9日金曜日

おがつと子供


















雄勝地区は震災前からもともと高齢化率38%、過疎化した地区であり、子供は少なかった。
現在、雄勝地区には通える学校は大須小学校の1校であり、就学児童は17名(震災以前は9名)。保育所や幼稚園はない。送迎バスで飯野川に通っている状態。そして、河北地区の仮設住宅に移住した児童も多く、そのまま転校という状態になっている。ちなみに、河北地区内に小児科の医師はいない。
雄勝にいる子供は全部で26人(未就学児童9人含む)いる。震災で片親あるいは両親をなくした児童がおり、それぞれの状況は様々だ。





写真は、雄勝診療所に2週間に1度くる移動図書館です。なかなか珍しい、海がみえる図書館となっています。車の中にはこどもの本もあります。残念ながら、借りに来る人はほとんどいません。

2011年12月6日火曜日

12月6日(火)

12月6日(火)
8:30- 私たちが宿泊地としてお世話になっている涌谷町町民医療福祉センターの青沼先生のカンファに参加しています。 今回、JIM-NET川添さんのお力添えもあり、雄勝診療所看護師さんが涌谷町町民医療福祉センターでの訪問看護研修をすることが実現しそうなので、それについてのお礼と私の今週の活動修了についてのご挨拶を行いました。
 本日から金子先生と2人で、また新しく研修医の受け入れを開始しました。診療所に来られるのは初めてということで、研修医の先生は緊張の面持ちでしたが、午前はキッズ広場に出かけて、午後は往診に出かけてだんだん和んできました。金子先生に、医療費が高くつく患者さんがいることから、「患者さんの背景を考えながら診療をすることが大事だ」ということをきいて感銘をうけたようでした。終了後のふりかえりで「もっと患者さんの背景をみていきたい」「薬剤の調合をしてみたい」「事務の仕事がどうなっているのかみたい」と、いろいろと意欲的になっていました。

診療が終わってから、保健師さんに金子先生を紹介しました。雄勝の子供の話、歯科診療の話をお聞きし、研修医や雄勝診療所にこられる医療スタッフ向けの雄勝案内文に加えようとおもいます。

本日、鎌田先生が毎週出ている日テレのeveryという番組の取材を雄勝診療所はうけました。木曜に放送予定とのことです。また詳細がわかりましたらご案内します。

金子先生 到着



本日、午前中に23人の外来受診者あり。これって開院以来、午前の最多記録1位か1位タイではないかと思います。午前9時から開始して10:38発のバスで帰りたいという人が13人いる状況でした。待合室はいすに座れない人も続出。なんとかいすを医局から提供してすわっていただきました。
 1人の患者さんは、私が今週長野にかえることを知っていて、「会いにきたの」とおっしゃいました。なんども「気をつけてね。ありがとう」と、私がばたばたと前を通る前に話しかけてくださいました。



 金子先生が到着されました。到着後、診療所スタッフの皆さんにすばらしい挨拶をされ、大変感動しました。研修医の同期として、誇りに思います。どうしてこんなに成熟されているんだろう。
 ご挨拶の要旨は以下になります。金子先生、間違っていたらごめんなさい。



「自分はいずれへき地での地域医療をやっていくつもりで、いろいろな地域での研修を続けてきた。ある地域では、こちらと同じように救急車でも三次医療機関までは遠く、心筋梗塞の人でも2時間近くかけて運ぶようなところであった。へき地で地域医療の鍵をにぎっているのは、地域のリソースを熟知している看護師の方々だ。自分も地域で何度も看護師さんに支えられ、多くを教えていただいた。一般に地域医療においては、医者は大して役にたたないことも少なからずある、ぜひ看護師の皆さんに中心となって、地域の医療を支えていただきたい。もちろん、この雄勝には小倉先生というすばらしい先生がこられているので、ぜひ自分も整形外科やその他のスキルを学ばせていただきたいと思っている。1ヶ月しかいない立場で、なんということもできない身分ではあるが、少しでも小倉先生が疲れないよう、休めるように働いていく所存である。」

診療所を脇からそっと見守る立場として、ぜひがんばっていただきたいです。

(写真は10:38のバスにのる患者さんたちです。8時に到着し、2時間半待ちで帰ります。1日にそれぞれの地区で3便程度ずつしか診療所を経由するバスがありません)

2011年12月3日土曜日

研修医お茶っこのみ



















11月に毎週1回研修にきてくれた、N日赤病院研修医のK先生。

研修目標に、「地域医療がどんなものかを、患者さんと関わることで肌で感じること」を掲げてくれました。回を重ねるごとに、「もう少し積極的に患者さんと話をしたい」と意欲的に取り組み、朝の来院後はすぐに待合室で患者さんと共にいらっしゃいました。そして、最終日を迎える前の日には「最終日には患者さんとお茶っこのみをする」という目標を掲げました。研修医旅行で買ってこられたおせんべいなどを「診察後にお召し上がりください、血糖の高い方は控えてください」と書いた紙とともに待合室において、自らお茶を出すというサービスを午前中続けられました。患者さんの「ありがとう」「先生と話せてよかった」「元気がでた」の言葉がやみつきになったようです。最終日の振り返りでは、「目標はおそらく到達できた」 という評価をして、

この研修でとくによく研修できた点「患者さんとのコミュニケーション」「患者さんと接する機会が多く勉強になりました」といって帰っていかれました。

 地域の皆さんの温かい心で、地域が研修医を育てていく・・そんな医療がここでも根付いていくと思います。